『おまえレベルの話はしてない』を読んで。夢に人生を食われた二人の物語

こんにちは、ミサゴパパです。

芦沢央さんの『おまえレベルの話はしてない』を読みました。

正直に言うと、またしても将棋のことがよく分からないまま読み始めてしまいました。

タイトルだけを見ると、どこか現代的な人間関係の話なのかなと思っていましたし、表紙を見ても将棋小説だとはあまり分かりませんでした。

しかし読み進めるうちに、この作品は単なる将棋小説ではなく、「夢に人生を捧げた人間」と「夢を諦めて別の人生を選んだ人間」の物語なのだと感じました。

芝と大島、二人の人生

物語の中心となるのは芝と大島の二人。

芝は夢を追い続け、棋士の世界で生きながら孤独に壊れていく人物。

一方の大島は夢を諦め、社会的には成功を収めた人物です。

一見すると成功者と敗者のようにも見えます。

しかし物語を読んでいると、どちらが幸せなのか簡単には答えられません。

芝は大島を見下し、大島は芝を羨む。

お互いに「おまえレベルの話はしてない」と心のどこかで思っている。

その感情が非常に生々しく、人間の嫉妬や羨望、侮蔑が痛いほど伝わってきました。

将棋が分からなくても伝わる世界の厳しさ

私は将棋の知識がほとんどありません。

それでも読んでいて感じたのは、将棋の世界がとてつもなく厳しく、残酷な世界だということでした。

特に奨励会の存在。

若い頃からすべてを将棋に捧げ、限られた人しかプロ棋士になれない世界。

年齢制限もあり、夢を追い続けても必ず報われるわけではありません。

奨励会の厳しさについては以前から耳にしていましたが、この作品を読むことで、その現実を少しだけ実感できた気がします。

人生のすべてをかけても届かない世界。

それがどれほど過酷なものなのかが伝わってきました。

タイトルの意味が最後にわかる

『おまえレベルの話はしてない』という刺激的なタイトル。

読み終えた後に振り返ると、この言葉は芝だけのものでも大島だけのものでもありません。

二人とも相手に対してそう思っている。

夢を叶えた者と夢を諦めた者。

どちらも相手の人生を理解しているようで理解していない。

そのすれ違いが、このタイトルに凝縮されているように感じました。

読後の感想

将棋が分からなくても十分に楽しめる作品でした。

むしろこれは将棋の話というより、「夢に人生を食われた人たちの物語」なのかもしれません。

もし表紙やタイトルだけでも将棋小説だと分かっていたら、また違った気持ちで読み始めていたかもしれません。

しかし予備知識がないまま読んだからこそ、芝と大島の感情や人生の重さがより強く伝わってきた気もします。

夢を追い続けることは幸せなのか。

夢を諦めることは敗北なのか。

その答えを簡単には出せないからこそ、読後もしばらく考えさせられる作品でした。

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