
こんにちは。ミサゴパパです。
最近の芸能ニュースの中で、かなり気になった出来事がありました。
“あのちゃん”こと、あのが、自身の冠番組「あのちゃんねる」の降板を宣言したというニュースです。
発端となったのは、番組内で「嫌いな芸能人」という質問を受け、鈴木紗理奈の名前を実名で挙げたこと。
放送後、鈴木さんはSNSで「普通にいじめやん」と不快感を示し、ネット上では「あのちゃんが悪い」「番組側の責任だ」「これは演出の問題では?」など、大きな議論になっています。
さらに後日、あのちゃん本人が「以前から暴露系企画に反対していた」「『ピー音を入れてくれないと相手がかわいそう』と言った部分がカットされた」「改善を求めてきたが変わらなかった」と経緯を説明し、最終的には番組降板を表明しました。
ニュースとして見れば芸能トラブルの一つ。
でも、ミサゴパパとしては、この問題、単なる芸能ゴシップでは片付けられない気がしています。
なぜなら、そこには“テレビの古いノリ”と“今の時代感覚”とのズレが、かなり色濃く表れているように見えるからです。
「嫌いな芸能人」って、昔は定番だった
少し昔のテレビを思い出してみます。
バラエティ番組では、
「共演NGは誰?」
「嫌いな芸能人は?」
「ぶっちゃけムカついた相手は?」
こんな質問が珍しくありませんでした。
少しピリッとした空気を作り、出演者が毒を吐き、スタジオが笑う。
視聴者も「うわー言った!」と盛り上がる。
平成のテレビでは、かなり定番の演出だったと思います。
私自身も、昔はそういう番組を普通に見ていました。
少し険悪になる感じも含めて、「テレビってこういうものだよね」と受け止めていた部分があります。
ただ、今改めて考えると、この構造ってかなり危ういですよね。
誰かの実名を出し、ネガティブな感情をエンタメ化する。
これって成立する時代と、成立しない時代がある。
そして令和の今は、確実に後者へ向かっている気がします。
昔と今で決定的に違う「SNS」という存在

ここが今回の騒動で一番大きいポイントだと思っています。
昔のテレビは、放送されたら終わりでした。
翌日、学校や職場で「あの番組見た?」という会話になる程度。
ところが今は違います。
番組終了後すぐに、切り抜き動画が拡散されます。
テロップ付きでSNSに流れ、数秒単位で消費される。
そして、文脈が削ぎ落とされた状態で、当事者本人の元にも届く。
たとえば今回も、
「あのが鈴木紗理奈を嫌いと言った」
という一文だけが切り取られれば、背景事情はほとんど伝わりません。
「どんな流れだったのか」
「本人が本意だったのか」
「フォロー発言はあったのか」
そんな情報は吹き飛びます。
結果として、当事者の感情が傷つき、視聴者同士も対立する。
テレビの演出は昔のままなのに、拡散環境だけが激変した。
このズレこそ、今回の騒動の本質ではないでしょうか。
あのちゃんだけが悪い? 番組側だけが悪い?
ネットでは、犯人探しも始まっています。
「実名を出したんだから本人が悪い」
という意見もあれば、
「質問を仕掛けた番組側が悪い」
という声もあります。
ミサゴパパとしては、どちらか一方だけに責任を押し付けるのは違う気がしています。
実名を言った以上、あのちゃんに責任がゼロとは言えないでしょう。
ただ同時に、制作側の責任もかなり重い。
なぜなら、テレビ番組は“編集された作品”だからです。
質問を作るのもスタッフ。
放送するか決めるのもスタッフ。
どこを残し、どこをカットするか決めるのもスタッフ。
もし本人の言う通り、「ピーを入れてほしい」「相手がかわいそう」という発言がカットされていたなら、視聴者に伝わる印象はかなり変わります。
つまり、出演者の言葉をどう見せるかは制作側が握っている。
だからこそ、出演者と制作陣の信頼関係が壊れると、一気に問題が大きくなるのでしょう。
冠番組なのに“降板”という異常事態

今回、個人的にかなり驚いたのはここでした。
あのちゃんは、自分の名前がついた冠番組から降板するとまで言っています。
普通に考えて、これはかなり重い発言です。
単なる「嫌だったから辞めます」では済まない。
冠番組というのは、本人にとって大事な仕事のはず。
そこから降りる決断をするというのは、相当なストレスや積み重なった不満があったと考えるのが自然でしょう。
しかも本人によれば、以前から改善要求をしていたとのこと。
「今回はたまたま爆発した」のではなく、積み重ねが限界に達した可能性もありそうです。
“人を傷つける笑い”に視聴者も敏感になった
もう一つ感じるのは、私たち視聴者側も変わったことです。
昔なら、
「毒舌で面白い」
で終わったことが、今は
「それ誰か傷ついてない?」
「いじめっぽく見える」
「笑えない」
と感じる人が増えています。
これは“窮屈な時代”という話ではなく、人への感度が変わったのだと思います。
少し前まで笑いとして消費されていたものが、今では違和感として受け取られる。
社会全体の価値観が変わったのです。
だからテレビ側も、昔の成功体験だけで企画を回す時代ではなくなったのかもしれません。
ミサゴパパが感じたこと

今回の件を見ていて思ったのは、
「誰が悪い?」
という話以上に、
「もうテレビの作り方そのものが変わる時期なのでは?」
ということでした。
深夜番組の過激さが悪いとは思いません。
少し尖った企画も必要でしょう。
でも、“誰かが傷つく可能性”を前提に成立する笑いは、今後どんどん難しくなる気がします。
昔は笑えたものが、今は笑えない。
これは時代が変わった証拠なのかもしれません。
そして今回の騒動は、その変化を象徴する出来事だったように感じています。
皆さんはどう思いましたか?
「あのちゃんに責任がある」
「番組制作側に問題がある」
「いや、テレビ全体の価値観が古い」
いろいろな見方があると思います。
ミサゴパパとしては、“嫌いな芸能人を実名で言わせる企画”は、令和ではかなり危険な企画になってしまったのではないか——そんなことを考えたニュースでした。




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