
こんにちは。ミサゴパパです。
正月が終わり、世の中がようやく日常へと戻り始める頃。
一月七日の朝、我が家では七草粥を食べます。
豪華でもなく、見た目が華やかなわけでもない。
正直、若い頃は「これをわざわざ食べなくても」と思っていました。
でも今は、この一杯がとてもありがたい存在になりました。
正月の終わりを告げる味
年末年始は、どうしても食べ過ぎてしまいます。
おせちに始まり、餅、酒、つまみ。
「まあ正月だし」と言い訳しながら、胃腸を酷使する日々。
そんな体に、七草粥はそっとブレーキをかけてくれます。
塩気は控えめ、油気はゼロ。
それなのに、湯気とともに立ちのぼる青菜の香りに、なぜかホッとする。
「そろそろ、整えようか」
七草粥は、体だけでなく心にもそう語りかけてくる気がします。
七草は、派手じゃないけど意味がある
春の七草は、どれも道端や野に生える、いわば“普通”の草たちです。
主役になれるような派手さはありません。
でも、どの草にも役割があり、意味があります。
胃腸を助け、体を温め、冬に不足しがちな栄養を補う。
昔の人は、こうした自然の力を、ちゃんと暮らしの中に取り入れてきました。
効率や即効性を求めがちな現代において、
七草粥の存在は、どこかゆっくりで、不器用で、でも誠実です。
家族の成長と、七草粥
子どもたちが小さい頃は、
「これなに?」「味しない」
そんな反応ばかりでした。
それでも年に一度、同じように七草粥を出し続けてきました。
最近では、何も言わずに食べるようになり、
「意外とうまいね」なんて言葉も出るようになりました。
こうして、味覚も価値観も、少しずつ変わっていく。
七草粥は、我が家にとって、
時間の流れを確かめる料理でもあります。
「整える」という生き方
若い頃は、前へ前へと進むことばかり考えていました。
もっと成果を、もっと評価を。
立ち止まることは、どこか負けのように感じていた気がします。
でも今は、
立ち止まり、整え、また歩き出す。
その繰り返しこそが、長く続く生き方なのだと思えるようになりました。
七草粥は、その象徴です。
頑張る前に、まず整える。
無理をする前に、自分の体と心に耳を澄ます。
ミサゴパパとして思うこと
七草粥は、
「無理しなくていい」
「またここから始めればいい」
そう優しく背中を押してくれる、日本の知恵です。
一年に一度でいい。
この味を思い出しながら、自分のペースを取り戻す。
それだけで、今年も悪くない一年になる気がします。
七草粥を食べる朝。
湯気の向こうに、新しい一年の静かなスタートが見えました。
春の七草について 〜名前と意味をあらためて〜
七草粥に使われる「春の七草」は、どれも派手さはありませんが、昔の人の知恵と祈りが込められた存在です。ここで、あらためて一つずつ簡単に紹介しておきたいと思います。
せり(芹)
独特の香りがあり、食欲を促すと言われています。寒い冬で鈍った体を目覚めさせてくれる、七草の先頭にふさわしい存在です。
なずな(薺)
道端でよく見かけるペンペングサ。解熱や利尿に良いとされ、昔から身近な薬草として親しまれてきました。
ごぎょう(御形)
別名ハハコグサ。喉や咳に良いとされ、寒さで傷みやすい呼吸器をいたわる役割を担っています。
はこべら(繁縷)
ビタミンやミネラルを含み、歯ぐきを丈夫にするという言い伝えもあります。控えめながら、体の土台を支える草です。
ほとけのざ(仏の座)
春の七草では「コオニタビラコ」を指します。胃腸の調子を整えるとされ、七草粥のやさしさを象徴する存在です。
すずな(菘)
かぶのこと。消化を助け、体を温めてくれます。昔から馴染みのある野菜で、七草の中でも親しみやすい一つです。
すずしろ(蘿蔔)
大根のこと。胃もたれを防ぎ、風邪予防にも良いとされます。白い根は「清らかさ」の象徴でもあります。
春の七草は、特別な薬でも、豪華な食材でもありません。
けれど、自然の力を借りて体を整え、無病息災を願うという、日本人らしい暮らしの知恵が詰まっています。
七草粥を食べるという行為は、
「今年も自分の体を大切にしよう」
そう静かに誓うことなのかもしれません。





コメント