静かに一年を見守る存在――「初地蔵」に手を合わせて思うこと

こんにちは。ミサゴパパです。

今日、1月24日は「初地蔵」。
その年最初のお地蔵さまの縁日です。

正直に言うと、若い頃は「初地蔵? へぇ…」くらいの認識でした。
ところが、親になり、家庭を持ち、日々の暮らしの重みを感じるようになってから、この言葉がやけに心に引っかかるようになりました。

お地蔵さまは、いつもそこにいる

お地蔵さまは、立派な本堂の奥に鎮座しているというより、
道ばたや辻、町の片隅に、そっと立っている印象があります。

通勤途中、散歩の途中、子どもの登下校の道。
普段は意識せずに通り過ぎているけれど、
よく見ると、赤い前掛けが新しくなっていたり、
誰かがお花を供えていたりする。

「誰かが、手を合わせたんだな」
そう思うだけで、少し胸が温かくなります。

初地蔵に込められた願い

初地蔵は、一年の始まりに、
無病息災、家内安全、そして子どもたちの健やかな成長を願う日。

派手さはありません。
初詣のような人混みもなければ、大きなニュースになることもない。
それでも、地域の人たちは静かに集まり、
「今年も無事でありますように」と手を合わせます。

この「ささやかさ」こそが、初地蔵の良さなのかもしれません。

親になって分かる、お地蔵さまの存在

子どもが小さい頃、
「転びませんように」
「事故に遭いませんように」
そんな願いを、知らず知らずのうちに毎日抱えていました。

大人になると、
健康、仕事、家族のこと。
心配事の種類は変わるけれど、
結局は「大切な人が、無事でいてほしい」という一点に集約されます。

お地蔵さまは、
そうした人の想いを、黙って受け止めてくれる存在。
答えをくれるわけではないけれど、
手を合わせたあと、少しだけ心が軽くなる。

それで十分なのだと思います。

一年の始まりに、立ち止まる意味

慌ただしく始まる新しい年。
仕事も、ニュースも、世の中も、どんどん先へ進んでいきます。

そんな中で、
「今日は初地蔵だな」
と立ち止まることは、
自分自身の足元を確かめる時間でもあります。

今年も、完璧には生きられないでしょう。
失敗もあれば、落ち込む日もある。
それでも、無事に一日を終えられたら、それでいい。

初地蔵は、
「それでええんやで」
と、静かに語りかけてくれているような気がします。

まとめ|静かな行事を、静かに大切に

派手ではないけれど、
確かに心に残る「初地蔵」。

今年も一年、
家族が元気で、
大きな事故や病気なく、
笑って過ごせたら、それ以上の願いはありません。

今日、もしお地蔵さまを見かけたら、
ほんの一瞬でも立ち止まって、手を合わせてみてはいかがでしょうか。

きっと、
少しだけ背筋が伸びて、
少しだけ優しい気持ちになれるはずです。


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