小正月という、静かな節目の日に

こんにちは。ミサゴパパです。

今日、1月15日は「小正月」。
元日や三が日ほどの華やかさはありませんが、私にとってはどこか心に残る日です。

正月というと、どうしても元日が主役になります。
初日の出、おせち料理、初詣。
一年の始まりを祝う行事が一気に押し寄せ、気持ちも自然と高揚します。

けれど、小正月は少し違います。
賑やかさが去ったあとに訪れる、静かな区切りの日
お祝いの余韻と、日常へ戻る現実のちょうど真ん中にあるような存在です。

昔はこの日、小豆粥を食べて一年の無病息災を願ったそうです。
派手なご馳走ではなく、素朴な小豆粥。
その質素さに、日本人らしい「身を整える感覚」を感じます。

正月飾りを片付け、松の内が終わり、
気持ちも少しずつ「今年をどう生きるか」という現実に向かっていく。
小正月とは、気持ちの切り替えを促してくれる日なのかもしれません。

50代になり、こうした行事の意味を、以前よりも深く感じるようになりました。
若い頃は、正月が終わることをどこか残念に思っていましたが、
今は「一区切りつくこと」に、ほっとする気持ちがあります。

仕事も家庭も、やるべきことは山ほどあります。
だからこそ、勢いだけで走るのではなく、
一度立ち止まり、足元を見直す時間が必要なのだと思います。

小正月は、「今年の目標を立て直す日」でもいい。
元日に掲げた理想が、少し現実離れしていたなら、
この日にもう一度、自分に合った形に整え直せばいいのです。

正月の終わりは、決して寂しいものではありません。
それは、新しい一年を地に足をつけて生き始める合図

静かで控えめな小正月だからこそ、
今の自分の心と、素直に向き合える気がします。

今年も、家族の健康を願い、
無理をせず、背伸びをせず、
一日一日を大切に積み重ねていきたい。

そんなことを思いながら迎える、小正月の午後です。

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