高校野球はなぜ9回であるべきか──7イニング制議論に思うこと

こんにちは。ミサゴパパです。

高校野球の世界で、またひとつ大きな議論が巻き起こっています。
それが 「試合を7イニング制に短縮するかどうか」 という問題。
選手の安全や負担軽減という観点から賛成意見がある一方、
私はどうしても“反対寄り”の気持ちを抱いてしまいます。

もちろん、いまの酷暑や投手への負担を考えれば、
改革が必要なのは理解しています。
熱中症対策も、肩肘の障害予防も、待ったなしの課題です。
私自身、子どもを持つ親として、
「まずは選手の健康が第一」という考えに異論はありません。

ただ、それでも——
高校野球が高校野球である理由のひとつは、「9回で戦う」という時間の厚みだ
と感じるのです。

7回制になれば確かに試合はコンパクトになるでしょう。
だが同時に、「9回のあのドラマ」がそぎ落とされてしまう。

息を飲むような逆転劇。
届かないと思った打球が風に乗ってスタンドに吸い込まれる瞬間。
何点差があっても希望をつないで打席に立つ選手たち。
あの物語が生まれるのは、
やはり9イニングという“長さ”があるからこそではないでしょうか。

さらに、議論を聞いていると
「7回制にする前にやるべきことがあるのでは?」
という疑問も浮かびます。

例えば——
・夏の大会の日程をより余裕のあるものにできないか
・球数制限の運用改善や、複数投手の育成促進が先では
・地域差の大きい環境対策を整えるべきでは
こうした“下地作り”をせずに、
形式だけを先に変えてしまうのは本末転倒にも思えるのです。

もちろん、議論そのものは続けるべきだと思います。
ただ、現場の監督・選手・関係者の声をもっと丁寧に汲み取って、
「本当にいま必要な改革は何か」を見つめ直してほしい。

そして願わくば、
9回裏に希望を託す高校野球の景色を、これからも見続けたい。
それがミサゴパパとしての率直な想いです。

では、7イニング制を導入した未来の高校野球はどうなるのでしょうか。

たしかに試合時間は短縮され、選手の負担も多少は軽くなるかもしれない。
しかし一方で、経験値の格差 という問題も浮かびます。

試合が7回までとなれば、
・控え選手の出場機会
・下位打順の打席数
・継投のタイミング
こうした“野球の深さ”につながる要素が削られてしまう可能性があります。

とくに部員が多い強豪校では、
ベンチ入りできても数少ないチャンスの中で成長していく選手がいます。
また、下位打線の選手が「第4打席で覚醒する」なんてシーンも珍しくありません。
7イニング制は、そうした**「芽を出すきっかけ」** を減らしてしまうかもしれません。

高校野球は勝敗だけでなく、
「選手一人ひとりの物語が積み重なるスポーツ」だと私は思っています。
だからこそ、試合の短縮によってその物語の幅を狭めてしまうことは、
どうしても惜しいのです。


■ “改革” 自体は必要。だからこそ慎重であってほしい

誤解のないように言えば、
私は「何も変えないでほしい」と言っているわけではありません。

・真夏の試合環境を見直すこと
・球数制限や休息日の整備
・医科学に基づいたトレーニング方法の導入
・大会日程の再設計
こうした改革は、むしろ急いで進めるべきです。

ただ、試合形式の変更は一度動かすと元に戻せない大きな決断 です。
だからこそ、現場の声、選手の声、指導者の声、そしてファンの思いまで含めて、
もっと丁寧に議論を重ねてほしい。
これがミサゴパパとしての本音です。


■ 最後に

高校野球は、時代に合わせて変化し続けてきました。
ユニフォーム、トレーニング法、球場設備……そのたびに野球は良くなってきました。

その流れの中で、7イニング制の議論が起きるのは自然なことかもしれません。
でも、「9回の物語」を失っていいのか?
この問いだけは、忘れずに議論してほしいと強く思います。

これからも高校野球が、「未来ある子どもたちの舞台」であり続けるように。
そして、9回裏に奇跡が起きる——あの瞬間を、いつまでも見守っていたい。
そんな気持ちで、今回のニュースを見つめています。

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