
こんにちは。ミサゴパパです。
尾崎将司さん――「ジャンボ尾崎」という名前を聞いて、胸の奥が少しざわついた方も多いのではないでしょうか。
日本ゴルフ界の象徴とも言える存在、その訃報が伝えられたのは、あまりにも突然で、そして重たい知らせでした。
2025年12月、尾崎将司さんは78歳でこの世を去りました。
S状結腸がんとの闘病の末だったと報じられています。
■ 「強いゴルファー」以上の存在
ジャンボ尾崎といえば、まず思い浮かぶのは圧倒的な勝利数でしょう。
国内ツアー通算94勝。
これは今なお破られていない、日本男子ゴルフ界の金字塔です。
青木功さん、中嶋常幸さんとともに語られる「AON時代」。
テレビでゴルフ中継を見ながら、あの独特の緊張感、最終日の静けさと歓声を覚えている方も多いはずです。
しかし、尾崎将司さんは単なる「勝ちまくった選手」ではありませんでした。
■ 豪快さと、徹底した孤独

ジャンボ尾崎の代名詞は、豪快なスイング、飛距離、そして強烈な個性。
一方で、その姿勢は驚くほど孤高でした。
派閥に属さず、媚びず、言い訳をせず、
「自分のゴルフは自分で背負う」
そんな哲学を貫いていたように思います。
時には誤解され、反発も受けながら、それでも自分を曲げなかった。
それは強さであると同時に、不器用さでもあったのかもしれません。
■ プロ野球からゴルフへ――異色の経歴
今でこそ有名な話ですが、尾崎将司さんは元プロ野球選手。
西鉄ライオンズに在籍していた経歴を持ちます。
挫折を経験し、ゴルフの世界へ飛び込んだ彼は、
その後、日本ゴルフ界の「顔」になりました。
この事実だけでも、人生のどこで道が変わるか分からない、
そして「本気で向き合ったものが人を変える」ということを教えてくれます。
■ ゴルフ界に残したもの

晩年は表舞台から距離を置きながらも、若手育成やゴルフ界の未来を常に考えていたと言われています。
世界ゴルフ殿堂入りという評価も、数字だけでは測れない影響力の証でしょう。
勝つこと。
魅せること。
そして、ゴルフという競技を“文化”として日本に根付かせたこと。
ジャンボ尾崎がいなければ、今の日本男子ゴルフは違う景色だったはずです。
■ 一つの時代が終わった、という実感

尾崎将司さんの訃報に触れて、
「また一つ、昭和・平成のスポーツの記憶が遠くなったな」
そんな感覚を覚えました。
しかし同時に、
その生き様は、映像や記録、そして語り継がれる言葉の中で生き続けます。
勝ち続けることの重み。
自分を貫くことの孤独。
それでも前に進む姿の美しさ。
ジャンボ尾崎という存在は、これからも日本ゴルフ界の背骨であり続けるでしょう。
■ 最後に

心よりご冥福をお祈りいたします。
そして、数えきれない感動と記憶をありがとうございました。
ジャンボ尾崎――
その名前は、これからも語り継がれる「時代」そのものです。




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