
こんにちは。ミサゴパパです。
先日、若い同僚たちとの食事の席で、ちょっとしたカルチャーショックを受けました。
「とりあえずビールでいいよね?」
と口にしかけたその瞬間、彼らはそれぞれメニューを見ながら、
「僕、最初からハイボールで」
「私はレモンサワーにします」
「今日はノンアルにしておきます」
と実に自然体。
ああ、時代は変わったなあ、としみじみ感じたのでした。
■ “とりあえずビール”は共通言語だった
私たち50代世代にとって、乾杯はほぼ自動的にビールでした。
冷えたジョッキ、立ち上る泡、
「お疲れさまでした!」の一声。
あの瞬間には、不思議な一体感がありました。
その後は、料理に合わせて
焼酎、日本酒、ワインへと移っていく。
刺身なら日本酒、
焼き鳥なら焼酎、
肉料理なら赤ワイン。
そんな“流れ”が、どこか大人のたしなみのようにも感じていたものです。
■ 今は「最初から自由」
ところが最近は、最初の一杯から実にバラエティ豊か。
ハイボール、レモンサワー、クラフトビール、カクテル。
そしてノンアルコールや低アルコール飲料も普通の選択肢。
誰も「なんでビールじゃないの?」なんて言いません。
それぞれが自分の体質や気分に合わせて選ぶ。
とても自然で、肩に力の入っていない飲み方です。
■ スマドリという考え方
最近よく耳にする「スマドリ」。
これは スマートドリンキング の略で、
お酒を飲む人も飲まない人も、体質や気分、シーンに合わせて自由に楽しむというスタイルのこと。
無理に飲ませない。
無理に飲まない。
飲みたい人は楽しく、飲みたくない人も同じ場で楽しめる。
なんとも健全で、成熟した考え方です。
私が若い頃は、「飲めない」と言うのに少し勇気が必要でした。
今はそれが当たり前に尊重される。
いい時代になったなあと思います。
■ お酒の主役は“アルコール”じゃない

改めて考えてみると、
お酒の席で一番大切なのはアルコールそのものではなく、
- 人との会話
- 料理との相性
- その場の空気
なのかもしれません。
ビールであっても、ハイボールであっても、ノンアルであっても、
グラスの中身より、向かい合う人との時間のほうがずっと大切。
そう思うと、「とりあえずビール」という文化も、
時代なりの“コミュニケーション装置”だったのだと感じます。
■ 変わらないもの、変わるもの
もちろん私は今でも、最初の一杯はビールを選ぶことが多いです。
あの喉ごしは、やっぱり好きですから。
でも、若い人たちがそれぞれ好きなものを頼む光景を見ていると、
これはこれで、とても健やかだなと思うのです。
選択肢が増えることは、豊かさの証。
飲むもよし。
飲まないもよし。
軽く楽しむもよし。
そんな自由が当たり前になった今の時代は、
きっと優しい時代なのだと思います。
■ これからの乾杯
もしかしたら数年後には、
アルコールそのものの位置づけもさらに変わっているかもしれません。
でもきっと変わらないのは、
「誰かとグラスを合わせる時間の尊さ」。
ビールでも、レモンサワーでも、ノンアルでも。
乾杯の声が上がるあの瞬間、
そこには世代を超えた小さな幸せがある。
そんなことを思いながら、
今日も私は、泡の立つグラスをゆっくり傾けるのでした。
皆さんは、最初の一杯、何を選びますか?




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