
こんにちは。ミサゴパパです。
今日は2月2日。
暦の上では、冬の終わりがすぐそこまで来ています。
そして、明日は2月3日――節分です。
毎年やって来る行事ですが、この「節分前日」という一日は、
なぜか本番よりも、少しだけ心に引っかかる日でもあります。
何かが終わる前の、
そして、何かが始まる直前の、
まだ名前のつかない一日。
今日は、そんな2月2日の視点から、節分について書いてみたいと思います。
節分は「明日」だからいい
豆をまくのは明日。
恵方巻を食べるのも明日。
鬼を追い払うのも、福を招くのも、すべて明日。
だからこそ、今日2月2日は、
少しだけ気持ちに余白があります。
「明日から切り替えよう」
「明日、ちゃんと区切ろう」
そう思えるだけで、
今日一日が、どこか穏やかになる。
節分は、
行事そのものよりも、
“備える時間”をくれる存在なのかもしれません。
鬼の正体を考える夜
節分と聞くと、
どうしても「鬼は外、福は内」という言葉が浮かびます。
でも、今日この時間に考えているのは、
「鬼って、外にいるんだろうか?」ということです。
一年を振り返ると、
うまくいかなかったこと、
言い過ぎた言葉、
後回しにした決断。
そういうものは、
誰かが持ち込んだ“外の鬼”ではなく、
自分の中で育ってしまったもののような気がします。
明日の豆まきは、
それを勢いよく追い払う儀式というより、
「ちゃんと気づいて、区切りをつける」ための合図なのかもしれません。
冬の終わりは、静かにやって来る
外は相変わらず寒く、
朝晩の空気はまだまだ冬そのものです。
それでも、
日が少し長くなり、
光の色がわずかに変わっている。
明日、立春を迎えたからといって、
急に春になるわけではありません。
でも、
「もう冬の中ではない」
そう思えるだけで、
気持ちは少し前を向ける。
節分は、
変化を実感する日ではなく、変化を信じる日なのだと思います。
願いごとが変わっていく
若い頃の節分は、
もっと欲張りでした。
成功したい。
評価されたい。
何か大きなことを成し遂げたい。
でも今、明日の節分を前にして思うのは、
ずいぶん静かな願いごとばかりです。
家族が元気でいること。
今日と同じような朝が来ること。
大きなトラブルが起きないこと。
節分は、
何かを「手に入れる」ための日ではなく、
今あるものを、そっと守るための日になった気がします。
おわりに
今日は2月2日。
節分は、明日です。
今日のうちに、
少しだけ振り返って、
少しだけ整えて、
少しだけ手放しておく。
そうして迎える明日は、
きっと、ほんのわずかでも軽くなる。
豆をまいてもいい。
まかなくてもいい。
恵方巻を食べても、食べなくてもいい。
でも、
「ここで一区切りつけよう」と思えたなら、
それだけで、節分はもう始まっているのかもしれません。
明日が、
あなたにとって穏やかな節分になりますように。




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