
こんにちは。ミサゴパパです。
今日、11月7日は立冬。暦の上では冬の始まりとされる日です。朝、玄関を出た瞬間、空気の質が昨日までと少し違うことに気づきました。肌に触れる風が細やかで、ひんやりと澄んでいる。太陽の光にもどこか柔らかい陰りがあり、季節が確かに次の段階へと移ろっていることを感じさせます。
立冬という言葉には、「冬が立つ」という日本語の美しさが凝縮されています。冬が立つ――まるで、長い眠りからそっと起き上がるように、自然が少しずつ冬の装いを整えていくような響きがあります。山の木々は紅から褐へと色を深め、落ち葉が足元をかさりと鳴らす。その音を聞きながら歩くと、少しだけ心が静まる気がします。
街の景色も、少しずつ冬支度を始めています。通りを歩く人々の服装は厚手になり、コートやマフラーが目立つようになりました。コンビニの棚にはおでんや肉まんが並び、夕方にはどこからともなく温かい出汁の香りが漂ってきます。日が沈むのも早くなり、仕事を終えて帰る頃にはすでに夜の気配。そんな変化に、少しの寂しさと同時に、なぜか心が落ち着く感覚があります。
私は毎年、この立冬の頃になると、季節を受け入れる心の準備ができていくのを感じます。寒さが訪れることを「厳しい」と思うよりも、「静けさの中で自分と向き合う時間が増える」と感じるようになりました。冬は、外に出ることが少なくなり、自然と自分の内側に目を向ける季節でもあります。温かい飲み物を片手に読書をしたり、久しぶりに手紙を書いたり――そんな小さな時間の積み重ねが、冬の日々を豊かにしてくれるのだと思います。
そして、寒い朝に淹れるコーヒーの湯気や、帰宅後に手を温める瞬間に感じるぬくもりが、何よりの幸せに思える。季節が変わるたびに、「人の心は、自然とともにあるのだな」とあらためて感じます。立冬は、そのことを優しく教えてくれる節目のような日です。
これから冬が深まり、街にはイルミネーションが灯り、人々の暮らしの中にも温かな光が増えていくでしょう。寒さの中にも、心をほっとさせる風景や香りを見つけながら、今年の冬も穏やかに過ごしていきたいと思います。

冬という季節は、どこか特別です。
春のような華やかさも、夏のような勢いもないけれど、その静けさの中に確かな安らぎがあります。街の喧騒が少し落ち着き、人々の声もどこか柔らかくなる。寒さが深まるにつれて、人の心も自然と内へと向かうのかもしれません。
この時期になると、私はなぜか台所に立つ時間が増えます。旬の根菜をたっぷり入れた煮物や、出汁の香りが広がる味噌汁を作ると、湯気とともに懐かしい気持ちがこみ上げてくるのです。冷たい空気の中で、鍋の蓋を開けた瞬間に立ちのぼるあの香り――それだけで、冬を受け入れる心が整う気がします。
また、立冬の頃からは「温もりを分け合う」という言葉の意味をよく考えます。たとえば、寒い朝に家族のためにお湯を沸かすこと。職場で誰かに温かい飲み物を手渡すこと。そんな些細な行為が、思いのほか大きなやさしさとなって心に残るものです。冬は、他人のぬくもりをもっとも感じやすい季節なのかもしれません。
そして、夜が長くなることで、自分の時間も少しゆっくり流れていきます。お気に入りの音楽を聴きながら過ごす夜、読みかけの本をめくるひととき、窓の外に瞬く星を眺める時間。どれも特別な出来事ではないけれど、そうした「静かな喜び」を見つけることが、冬の醍醐味だと感じます。
立冬を過ぎると、季節は加速度的に冬へと向かいます。霜月、そして師走へ。年の瀬の足音が少しずつ近づいてくるこの時期、心のどこかに「一年の終わり」を意識し始める人も多いでしょう。振り返れば、今年もいろんなことがありました。嬉しいことも、少し切ないことも、それぞれの季節とともに過ぎていった。立冬は、そのすべてを静かに包み込んでくれる節目のような存在です。
これから迎える寒い季節も、温かい気持ちを忘れずに過ごしていきたいものです。
マフラーを巻くように、心にもやさしい布を一枚まとって。
そんな気持ちで、今年の冬を迎えたいと思います。
「立冬を迎えた今日、あなたはどんな冬の始まりを感じましたか?」




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