
こんにちは、ミサゴパパです。
今日は、恋愛・結婚・出産といった人生の大きなテーマについて、「なぜ社会からプレッシャーを感じる人がいるのか?」という視点から、少しゆっくり考えてみたいと思います。
■ 本来は“選択”のはずなのに、どこかで義務のように扱われる
小説家で歌人の川野芽生さんは、著書『AはアセクシュアルのA』の中で、恋愛や性に興味がないにも関わらず「どうして恋愛しないの?」と繰り返し問われてきた経験を語っています。
恋愛、性行為、結婚、出産。
どれも本来は個人が自由に選べるものです。
とはいえ、現実には「した方がいいのに」「いつかしないの?」と声をかけられ、なんとなく“義務”のように感じてしまうこともある。
それはいったいなぜなのでしょうか?
川野さんは、広く信じられてきた価値観──
「恋愛して、結婚して、子どもを育てることが幸福につながる」
という考え方が背景にあるのでは、と指摘します。
こうした価値観は決して“悪”ではありません。
多くの人がその道の中で幸せを見つけているのも事実です。
ただ一方で、それが“唯一の幸福ルート”と強く信じられ過ぎると、そこから外れた人が「変わっている」と見られてしまうこともあるのかもしれません。

■ 「しない」と選ぶ人が増えてきた時代に
価値観は少しずつ変化しています。
結婚しない生き方、出産を選ばない生き方、恋愛を重視しない生き方──どれも昔よりずっと市民権を得てきました。
韓国の「4B運動」のように、恋愛・性行為・結婚・出産をあえて選ばない若い女性たちの動きもあります。「義務だからやるのではなく、自分の人生を自分で選びたい」という願いは、日本の若い世代にも通じるところがあると感じます。
4B運動とは…
- 非恋愛(Boycott Love)
- 非性行為(Boycott Sex)
- 非結婚(Boycott Marriage)
- 非出産(Boycott Birth)
という4つの“しない”を掲げる若い女性たちの運動です。
もちろん、「歳を重ねたら気持ちが変わる」というケースもあるでしょう。
逆に、変わらない人もいるでしょう。
大切なのは、どちらの選択もあっていいということです。
■ 「未熟だ」と言う人は、本当に成熟しているのか?

「恋愛しないなんて未熟」
「結婚しないのはまだ大人になりきれていない」
こうした言葉は、少しずつ聞かれなくなってきました。
価値観の多様性が広がる中で、他人の人生に踏み込みすぎること自体が慎重に扱われるようになってきたからだと思います。
とはいえ、まだ根強く残っている場面もあります。
もし誰かから「未熟」と言われたときは、
その人が持つ価値観が“昔の標準”に基づいているだけかもしれない
という可能性にも目を向けてみると、気持ちが少し楽になるかもしれません。
相手を責める必要はありませんし、どちらが正しい・間違いという話でもありません。
単に、価値観の“タイムライン”が違うだけということもあるのです。
■ まとめ:どの道を選んでも成熟した選択になりうる
恋愛・結婚・出産を選ぶことも成熟した選択。
選ばないことも、同じように成熟した選択。
人生はひとつの正解に収まるものではなく、
それぞれの人が自分に合うルートを選ぶ時代になっています。
誰かの生き方を否定するよりも、
「こういう価値観もある」「こういう考え方もある」と
そっと視野を広げておくほうが、より豊かに暮らせるのではないか。
そんなことを改めて感じました。




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