
こんにちは。ミサゴパパです。
1月22日は「カレーの日」だそうです。
そう聞いた瞬間、私の頭の中に真っ先に浮かんだのは、学校の廊下に漂っていた、あの独特の給食カレーの匂いでした。
午前中の授業が終盤に差しかかる頃、ふっと鼻をくすぐるスパイスの香り。
「あ、今日はカレーやな」
それだけで、午後の授業が少しだけ楽しく感じられたものです。特別なごちそうではないはずなのに、カレーの日の給食は、なぜかクラス全体が少し浮き足立っていました。
今、自分が親になり、子どもたちの給食の話を聞く立場になると、当時のカレーが単なるメニュー以上の存在だったことに気づきます。
栄養のこと、予算のこと、全国で同じように食べられていたという安心感。そこには、大人たちの静かな工夫と優しさが詰まっていたんですね。
家庭で食べるカレーもいいですが、給食のカレーは、もう二度と同じ形では味わえません。
だからこそ、この「カレーの日」は、味だけでなく、あの頃の自分や、何気ない日常の温もりを思い出させてくれる、ちょっと特別な記念日なのだと思います。
今夜は久しぶりに、少し多めにカレーを炊いてみようかな。
そんなことを考えながら、1月22日を迎えています。
あの頃の給食カレーは、決して凝った味ではありませんでした。
今のようにバターチキンだとか、スパイスがどうだとか、そんな言葉も知らず、ただ「カレー」という一括り。それでも、なぜか毎回おいしく感じたのは、不思議なものです。
思えば、あのカレーには「みんなで同じものを食べる時間」が添えられていました。
同じ教室、同じ机、同じお皿。好き嫌いで盛り上がったり、誰が一番早く食べ終わるか競ったり。カレーは会話の中心に自然と居座り、クラスの空気をゆるくまとめてくれていた存在だったように思います。
大人になった今、仕事帰りに一人で食べるカレーは、確かに自由で贅沢です。具材も辛さも、好みのまま。けれど、どこかでふと、給食のカレーにあった「みんなで味わう一体感」を懐かしく感じる瞬間があります。味そのものより、記憶の中で温め直されたカレーを食べているのかもしれません。
わが家でも、カレーは相変わらず定番メニューです。
「今日はカレーやで」と声をかけると、子どもたちの表情が少しだけ明るくなる。その様子を見るたび、時代が変わっても、カレーの持つ力は変わらないのだなと思わされます。
給食のカレーが全国で提供された1982年から、もう随分と時間が経ちました。
それでも、あの日のカレーは、多くの人の心のどこかで、今も温かいまま残っているはずです。
1月22日、カレーの日。
ただの語呂合わせでも、企業のキャンペーンでもなく、子どもたちの笑顔を思って作られた記念日だと知ると、一皿のカレーが少しだけ尊く感じられます。
忙しい毎日の中で、ふと立ち止まり、スプーンを口に運ぶその瞬間。
その湯気の向こうに、教室の風景や、あの頃の自分が、そっと顔を出してくれる。
カレーの日とは、そんな「記憶を味わう日」なのかもしれません。




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