一月は行ってしまう、二月は逃げてしまう、三月は去ってしまう」——時間の早さに立ち止まる春の入口で

こんにちは。ミサゴパパです。

「一月は行ってしまう、二月は逃げてしまう、三月は去ってしまう」
この言葉を、今年もまた実感する季節がやってきました。

ついこの前、「あけましておめでとうございます」と言っていたはずなのに、
気がつけばカレンダーはもう三月目前。
机の上には年度末の書類、頭の中には新年度の予定、
そして心のどこかで「時間が早すぎるなあ」という、あの感覚。

この格言は、正式には
「一月往ぬる 二月逃げる 三月去る(いちがついぬる にがつにげる さんがつさる)」
といい、昔から日本人が感じてきた“年明け三か月の忙しさ”を、実にうまく言い表しています。

一月は「往ぬる(いぬる)」——
正月気分の余韻に浸っているうちに、気づけば仕事始め、成人式、初詣。
「今年はこうしよう」と思い描くだけで、あっという間に過ぎていきます。

二月は「逃げる」——
そもそも日数が少ない上に、節分、確定申告、受験シーズン。
寒さも相まって、気持ちまで急かされるように時間が逃げていきます。

そして三月は「去る」——
年度末。別れと締めくくりの月。
卒業、異動、引っ越し、新生活の準備。
一つひとつに意味はあるのに、振り返る間もなく去っていく。

サラリーマンとして働き、父親として日々を過ごしていると、
この三か月のスピード感は年々増しているように感じます。
子どもたちは知らないうちに背が伸び、
犬の散歩コースの景色も、いつの間にか春色に変わっている。

「忙しい」という字は、心を亡くすと書きますが、
まさにこの時期は、心を置き去りにしがちなのかもしれません。

だからこそ、この格言は
ただ「時間が早いね」と嘆くための言葉ではなく、
「ちゃんと立ち止まれているか?」と問いかけてくる言葉なのだと思うのです。

今日の帰り道、少し遠回りして空を見上げてみる。
犬の散歩を、ほんの五分だけゆっくりしてみる。
コーヒーを飲みながら、何も考えない時間を作ってみる。

そんな小さな“立ち止まり”が、
行ってしまう一月、逃げてしまう二月、去ってしまう三月の中に、
確かな記憶を残してくれるのかもしれません。

気づけば、もうすぐ春。
慌ただしい季節の中でも、
「今、この時間」を大切にしながら、歩いていきたいものですね。

今年の三月が、
ただ“去ってしまう”だけの三月にならないように——。

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