
こんにちは。ミサゴパパです。
朝倉かすみさんの『平場の月』を読み終えたあと、しばらく本を閉じたまま動けませんでした。物語として大きな事件が起こるわけではありません。それなのに、胸の奥にじわじわと染み込んでくるものがありました。
主人公たちは、若さも勢いも過ぎ去った年齢に差し掛かった男女です。仕事も家庭も一度はうまくいかなかった経験を抱え、それでも毎日は続いていく。いわば人生の「平場」を歩いている人たち。その姿が、驚くほど現実的で、どこか他人事とは思えませんでした。
この物語が描く恋は、きらびやかでも情熱的でもありません。会話は静かで、歩く速度もゆっくりです。でも、その分だけ言葉の間や沈黙に重みがあります。若い頃なら見過ごしてしまったであろう相手の優しさや弱さに、年を重ねた今だからこそ気づける――そんな感覚が丁寧に描かれていました。
特に印象に残ったのは、「何者かになれなかった人生」を否定しない視線です。成功も挫折も含めて、それでも生きてきた時間そのものを、そっと肯定してくれるような優しさがこの作品にはあります。読んでいるうちに、自分自身のこれまでの選択や遠回りさえも、少し許せる気がしてきました。
『平場の月』は、人生の後半に差し込む淡い月明かりのような小説です。明るく照らすわけではないけれど、足元を確かに見せてくれる。派手さはないけれど、読み終えたあと、確実に心の景色が変わっている――そんな一冊でした。
忙しい毎日に少し疲れた時、何かを成し遂げられなかったと感じた時に、そっと手に取ってほしい本だと思います。人生の「平場」にも、ちゃんと意味があるのだと、この物語は静かに教えてくれました。

物語を読み進めながら、ふと自分のことを重ねていました。若い頃は、人生には「上り坂」と「下り坂」しかないと思っていた気がします。成功するか、失敗するか。前に進むか、取り残されるか。でも『平場の月』を読んでいると、そのどちらでもない時間――ただ歩き続けるしかない期間こそが、人生の大部分なのだと気づかされます。
この小説の登場人物たちは、無理に前向きな言葉を口にしません。希望を語ることも、夢を掲げることもほとんどない。それでも、誰かと一緒にご飯を食べ、同じ景色を見て、同じ月を見上げる。その積み重ねが、確かに「生きている」という実感につながっていく。その描写が、とても誠実で、だからこそ心に残ります。
読後に残るのは、感動というよりも静かな余韻です。「もう一度恋をしよう」と背中を押されるわけでもなく、「人生はまだこれからだ」と鼓舞されるわけでもない。ただ、今いる場所で、今の自分のままで誰かと向き合うことの尊さを、そっと差し出されるような感覚でした。
若い世代が読むと、少し地味に感じるかもしれません。でも、ある程度年を重ねた人ほど、この物語の言葉や沈黙の意味が、痛いほど分かってしまうのではないでしょうか。派手なドラマがなくても、人生は確かに続いていく。その事実を、これほど静かに、そして優しく描いた作品はそう多くないと思います。
『平場の月』は、「何かを得る物語」ではありません。むしろ、失ったものとどう折り合いをつけて生きていくか、その過程を描いた小説です。そしてその折り合いのつけ方は、とても不器用で、だからこそ人間らしい。読み終えた今、夜空の月を見るたびに、少しだけこの物語のことを思い出しそうです。
人生の真ん中あたりで立ち止まったとき、あるいは、何も起きない日常に少し不安を覚えたとき。この本は、静かに隣に座ってくれる存在になる――そんな一冊でした。

この作品が第32回山本周五郎賞を受賞したと知ったとき、読み終えた後の感覚を思い返して、妙に納得しました。派手さや話題性ではなく、「人が生きる時間」を正面から描いた小説が評価されたという事実そのものが、どこかこの物語と重なって見えたからです。山本周五郎賞らしい、生活に根ざした文学。その系譜に、『平場の月』は確かに連なっていると感じました。
そして今年、堺雅人さん主演で映画化されたことも、この物語の持つ普遍性を物語っているように思います。堺さんといえば、強烈な個性や緊張感のある役柄の印象が強い俳優ですが、人生の「平場」を歩く一人の男を演じるというのは、とても興味深い挑戦です。静かな表情や、言葉にならない感情をどう表現するのか――原作を読んだ今、映画ではどんな「余白」が描かれているのか、ぜひ確かめてみたくなりました。
小説と映画では、当然表現の仕方は違います。文字だからこそ伝わる内面の揺れもあれば、映像だからこそ一瞬で伝わる沈黙もあるでしょう。それでも、この物語の核にある「何者でもない時間をどう生きるか」という問いは、媒体が変わっても揺るがないはずです。だからこそ、今このタイミングで映画化された意味があるのだと思います。
『平場の月』は、受賞作であり、映画化作品でありながら、どこまでも静かで控えめです。でもその控えめさこそが、この物語の強さなのではないでしょうか。人生の主役になれなかったとしても、スポットライトを浴びる瞬間がなくても、それでも日々は確かに価値を持っている。そんなメッセージが、賞という形や映画という表現を通じて、より多くの人に届いていくのなら、とても素敵なことだと思います。
華やかな成功談や、劇的な逆転劇に少し疲れたとき。人生の真ん中あたりで、自分の立ち位置が分からなくなったとき。
『平場の月』は、「それでも大丈夫だ」とはっきり言わない代わりに、黙って隣に座ってくれる。そんな小説であり、映画なのだと思います。




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