
こんにちは。ミサゴパパです。
伊坂幸太郎さんの『楽園の楽園』を読み終えて、しばらく本を閉じたまま考え込んでしまいました。
読み終わった直後に押し寄せるカタルシス、というよりも、じわじわと胸の奥に残る違和感と問い。
「ああ、伊坂さんらしいな」と思うと同時に、どこか今までとは少し違う読後感でもありました。
この物語は、派手な事件が次々に起こるタイプの小説ではありません。
登場人物たちの会話や、淡々とした日常の延長線上に、静かに、しかし確実に“世界の歪み”が忍び込んできます。
その歪みは、気づいたときにはもう無視できないほど大きくなっている。
その描き方が、とても現代的で、そして少し怖い。
作中に流れる空気感は、どこか軽やかで、ユーモアも忘れていません。
クスッと笑えるやり取りもあるし、「まあ、そうだよね」と頷いてしまうような人間臭さもある。
それなのに、読み進めるほどに、足元の地面が少しずつ崩れていくような感覚があるのです。
個人的に印象に残ったのは、「楽園」という言葉の扱い方でした。
楽園と聞くと、私たちはつい、安心できる場所、苦しみのない世界を思い浮かべます。
でもこの作品では、「楽園であるはずの場所」が、必ずしも幸福とイコールではありません。
むしろ、考えることをやめた先にある“居心地の良さ”こそが、危ういのではないか。
そんな問いを、伊坂さんは読者にそっと差し出してきます。

50代になり、家庭を持ち、仕事をして、日々の生活を回していると、
「余計なことは考えず、波風立てずに過ごす」ことのありがたさを感じる場面も増えました。
それ自体は決して悪いことではない。
でも、『楽園の楽園』を読んでいると、その“思考停止の楽さ”に対して、
本当にそれでいいのか、と静かに肩を叩かれている気がしたのです。
この物語には、明確な答えは用意されていません。
読者それぞれが、自分なりの「楽園」を考える余白が残されています。
だからこそ、読み終えたあとに、誰かと話したくなるし、
時間を置いてもう一度読み返したくもなる。
派手さはないけれど、確実に心に引っかかる。
そして、日常に戻ったあとも、ふとした瞬間に思い出してしまう。
『楽園の楽園』は、そんな作品でした。
忙しい毎日の中で、「自分は今、どんな楽園に身を置いているのだろうか」
そんなことを考えるきっかけをくれる一冊です。
大きな声で主張はしないけれど、静かに、確かに効いてくる。
伊坂幸太郎という作家の懐の深さを、あらためて感じさせられました。



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